谷崎潤一郎の父親、母親、兄弟姉妹、実家の家系、家族構成は?

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hirobi / Pixabay

谷崎潤一郎の家族構成と実家の家系と先祖は?父親、母親、兄弟姉妹は?

明治生まれで、
戦後まで長く活動をつづけた作家、
谷崎潤一郎(たにざきじゅんいちろう)。

国内の評価はもちろん、
国際的な評価も高い文学者であり、
翻訳された作品は
多数あります。

谷崎潤一郎の作品は、
ミステリーや歴史など、
実にいろんな要素が
組み込まれており、
現代の小説家にも
多くの示唆を与えています。

この記事ではそんな
谷崎潤一郎の
家族や家系図に焦点をあて、
「父親、母親、兄弟姉妹、実家の家族構成や先祖」
について見ていきたいと思います。

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谷崎潤一郎の実家の職業は米問屋

谷崎潤一郎の実家について、
まずは情報を整理しておきましょう。

谷崎潤一郎は、
明治19年(1886)に
現在の中央区人形町(当時の中央区蛎殻町)
生まれました。

谷崎潤一郎の実家の職業は
米問屋でした。

谷崎潤一郎は、
現在の東京都の下町出身の文豪です。

芥川龍之介や幸田露伴など、
下町出身の文豪は多いですね。

谷崎潤一郎の祖父は、実業家

谷崎潤一郎の母方祖父である
谷崎久右衛門は
米問屋や活版所の経営などで、
一代にして財産を成した人物でした。

谷崎潤一郎の先祖は、
もともとは
戦国武将、蒲生氏郷の家臣だった、
という話もあるようです。

谷崎潤一郎の父親と母親

谷崎潤一郎の父親の名前は
谷崎倉五郎といいます。

谷崎潤一郎の父親は、
旧姓を江崎といい、
実家は、
谷崎家と同じように
商業を営んでいました。

谷崎潤一郎の父親は、
祖父谷崎久右衛門の三女、
せきと、結婚しました。

谷崎潤一郎の生い立ち

谷崎潤一郎の父親、
谷崎倉五郎は、
谷崎家の婿として、
事業を継承するものの、
うまくいかず、

谷崎潤一郎が
小学校4年生のときには
学費が捻出できず、
中学校への進学が
危ぶまれるほどだったといいます。

谷崎潤一郎は、
友人や親戚を頼りながらも、
学業を続け、
東京府立第一中学校から、
第一高校、
東京帝国大学国文科へと
進学しています。

谷崎潤一郎の兄弟姉妹、実家の家族構成

谷崎潤一郎の
実家の家族構成と、
兄弟はいるのかといったことを
注目してみましょう。

谷崎潤一郎は、
戸籍上は長男ですが、
生後すぐになくなった
兄がいたので、
実際には次男でした。

谷崎潤一郎の兄弟姉妹は、
弟・精二、
弟・得三、
妹・園、
妹・伊勢、
妹・末、
弟・終平
という構成だったみたいです。

谷崎潤一郎の弟、谷崎精二

谷崎潤一郎の兄弟姉妹のなかでは、
すぐ下の弟である、谷崎精二が有名です。

谷崎潤一郎の弟、
谷崎精二は
早稲田大学英文科に進学しています。
文芸誌『早稲田文学』で
創作をこころみたこともありました。

谷崎精二は
英文学者であり、
早稲田大学教授となっています。

谷崎潤一郎の弟、
谷崎精二の長男は、
ドイツ文学者で早稲田大学商学部教授をつとめた、
谷崎英男さん。

谷崎精二の次男は、
文芸評論家で相模女子大学理事長の
谷崎昭男さんということで、

谷崎潤一郎の弟の家系も、
文学者がいるのです。

このように、
谷崎潤一郎は
弟の家系にも文学者がいるのですね。

ちなみに
谷崎潤一郎は「大谷崎」との異名がありましたが、
これは弟の谷崎精二と区別するためだったから、
という説もあります。

というわけで、
谷崎潤一郎の
「父親、母親、兄弟姉妹、実家の家族構成や先祖」
についてお送りしました。

谷崎潤一郎の家系図!妻は松子?子供は何人?養子?家族や子孫は?

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