竹田宮の家系図!女系で明治天皇の子孫?竹田恒和-竹田恒泰氏は皇族?

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竹田宮の家系図!子孫は竹田恒和-竹田恒泰氏?明治天皇の女系で皇族?

竹田宮家と言えば、
旧皇族の家系ですが、
現在ではほとんど知られていないかもしれません。

竹田宮家は
現在では皇族ではないですが
子孫の方が
テレビに出演したりすることもあるため

竹田宮家が
話題にのぼることも
あるようですね。

この記事では
旧皇族・竹田宮家の
子孫の家族や家系図に関係する事柄
見ていきたいと思います。

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竹田宮家を創立した、竹田宮恒久王

竹田宮家の創立について、
まず見ていきます。

竹田宮家が創立されたのは
明治時代のことです。

1906年に、
北白川宮能久親王という宮様の
第一王子である
恒久王という方が、創立した宮家です。

竹田宮家と現在の皇室の先祖は?

竹田宮家は、
戦前までは皇族だった家系ですが、
明治天皇や大正天皇との親族関係は、
どういったものだったのでしょうか。

皇族というのは、
男系相続ですが、
男系をたどっていった場合、

竹田宮家は、
現在の皇室の近い先祖である、
明治天皇や大正天皇、あるいは昭和天皇からは、
かなり遠い関係になります。

竹田宮家は旧皇族でありながら、天皇陛下とかなり遠い親戚?

竹田宮家と現在の皇室の共通の先祖は、
男系をたどった場合、
室町時代にまでさかのぼります。

男系というのは、
単純に男性の先祖をさかのぼっていくわけです。
父親、祖父、曾祖父、高祖父と、
父親の父親を順番に、たどっていきます。

そのようにして
竹田宮家の家系をさかのぼっていくと、
伏見宮貞成親王(1372-1456)という人物が、
竹田宮と現在の皇室の共通の先祖であり、
かなり昔の先祖ですね。

男系の先祖を見ると、
竹田宮家よりも
現在の皇室に近い家系というのは、
たくさんあります。

竹田宮家は
旧皇族という身分でありながら、
男系でみると、
明治天皇や大正天皇、昭和天皇からは、
親戚というにもかなり遠いわけですね。

竹田宮家は、明治天皇の女系の子孫

しかし
竹田宮家を女系でたどると、
現在の皇室と
かなり近い親戚関係になっています。

明治天皇の第六皇女である、
昌子内親王は、
竹田宮家を創設した
竹田宮恒久王と結婚しているからです。

言い方をかえれば、
明治天皇の娘婿が
竹田宮恒久王ということになり、
竹田宮家の子孫は、
女系をたどると明治天皇の子孫ということになります。

竹田宮恒久王の家系図

竹田宮家の子孫について
詳しく見ていくために、
家系図を詳細に見ていきたいと思います。

竹田宮の創設者、
竹田宮恒久王を中心にした
家系図を見ていきます。

竹田宮恒久王 大勲位功五級
明治15、北白川宮能久親王第一王子
陸軍少将

妃・昌子内親王
明治21、明治天皇第六皇女

第一王子・恒徳王(後述)

第一王女・禮子女王(あやこじょおう)
大正2
女子学習院出身
伯爵・佐野常羽の養子、佐野常光と結婚

竹田宮恒久王の子供は2人で、
息子さんが1人、娘さんが1人でした。

竹田恒徳の家系図

竹田宮家の2代目当主が
竹田宮恒徳王(竹田恒徳)です。
竹田宮恒徳王を中心とした
家系図を見ていきます。

竹田恒徳(たけだ・つねよし) 大勲位
明治42、竹田宮恒久王第一王子
陸軍中佐
日本スケート連盟、日本馬術連盟各会長、後楽園スタヂアム相談役

妃・光子
大正4、公爵・三條公輝二女
女子学習院出身

第一男子・恒正
昭和15
慶大経済卒
三菱商事

同妻・恭子
昭和23、東武鉄道会長・根津嘉一郎三女
学習院大卒

第一女子・素子
昭和17
物産食品販売(株)部長・佐藤博と結婚

第二女子・紀子
昭和18
レイケムカンパニー副支店長・渡辺宣彦と結婚

第二男子・恒治
昭和19
慶大法学部政治学科卒
伊藤忠商事

同妻・幾美子
昭和23、三越社長・岡田茂長女

第三男子・恒和(後述)

竹田宮恒徳王は、
戦後、昭和22年に皇族から離脱し
これを機に竹田宮家は消滅。
竹田宮家は、平民となりました。

苗字は、竹田となり、
竹田恒徳と名乗ることになりました。

竹田宮恒徳王の子供は
息子が3人、娘が2人。

平民となったものの
旧皇族、竹田宮家の子孫ということで、
名家の方と結婚しています。

竹田恒和の家系図

竹田宮家の子孫の家系図について、
さらに見ていきましょう。

竹田宮家の2代目当主、
竹田恒徳さんの三男が、竹田恒和さんです。

竹田恒和さんは、
元馬術選手で
日本馬術連盟会長や、
JOC(日本オリンピック委員会)の会長
つとめていたので、

竹田宮家の子孫の
3人兄弟のなかでは
最も有名なのかもしれません。

そして
竹田恒和さんを
中心とした家系図を見てみます。

竹田恒和
昭和22、竹田恒徳三男
慶大法学部政治学科卒
不二サッシ勤務
日本オリンピック委員会会長

先妻・昌子
松見病院理事・松見郁二女

後妻・寿々子

長男・恒泰
昭和50

次男・恒俊

長女・

※家系図は敬称略

竹田恒和さんは、
竹田宮家の子孫であるものの、
戦後生まれのため、
皇族であった時期はないので、
厳密には、旧皇族ではないようです。

そして
竹田恒和さんの子供は3人です。
息子が2人、娘が1人という構成です。

娘さんは、名前は不明ですが
学習院出身という情報はあるようです。

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竹田恒泰は、竹田宮家の子孫

そして
竹田恒和さんの長男が、
竹田恒泰さんです。

竹田恒泰さんは、
テレビにもよく出演されているので、
ご存知の方は多いでしょうね。

竹田恒泰さんは、
「旧皇族の竹田宮家の子孫」というよりも、
「明治天皇の玄孫」といった紹介を
されることが多いです。

竹田恒泰さんは、
旧皇族の子孫といった立場から
皇室問題や政治社会問題などについて、
積極的に発言しています。

竹田宮家の子孫は、
このように
竹田恒和さん、竹田恒泰さんと、
現在でもマスメディアに登場しているのですね。

というわけで、
旧皇族・竹田宮家の
子孫の家族や家系図に関係する事柄
見てきました。

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