明治時代の士族が出世した理由

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lizbetpalmer / Pixabay

士族と立身出世

明治時代の官僚や軍人は、武士の家系に生まれた「士族」が多いです。
士族は、国民全体の約7%しかいなかったにも関わらず、社会的に重要な地位を占める割合が高かったといえます。

武士の家系に生まれた者は「士族」として、「平民」とは区別されましたが、皇族や華族のような社会的特権は持ちませんでした。
事実上、士族と平民のあいだに身分格差はありません。
それにも関わらず、明治時代においては、士族と平民のあいだに、結果的に格差が存在していたといえます。

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士族が出世した理由は?

明治時代、士族の家系に生まれたものが、出世に有利だった理由を考えてみます。

まず、第一の理由として考えられるのは、教育水準が高いことです。
江戸時代の日本においては、識字率はそれほど高いものではありませんでした。
自分の名前と、住んでいる村の名称だけ書ければ、暮らしていけた時代です。
当時、難しい漢字をたくさん知っていたのは、武士、庄屋、僧侶、神官、医者、公家くらいのものです。
全体の1割くらいしか、こういった階層の人はいません。
高い学力を持っていないと、官僚や教員といった役職に就けませんから、結果的に「平民」よりも「士族」のほうが、こうした職業につく割合が高かったといえます。

武士には、東京とのネットワークがあった

また、士族の家系出身者が出世に有利だった理由として上げられるのは、東京とのネットワークがあったという事もあります。
武士の家系なら、藩邸を通じて東京とのネットワークがあったわけで、時代の変化に対応しやすかったのではないでしょうか。

新しい時代に対応できた「士族」

さらに、武士は廃藩置県によって、職業を奪われたというのも、大きな理由かもしれません。
食い扶持がなくなってしまったので、新しい時代のなかで、なんとかして生活していかなくてはなりませんでしたから。
彼らは、県庁の役人や、教員などになって、近代日本の中産階級を形成することになります。

また逆に、武士の出でありながら、こうしたアドバンテージを利用できなかった家系もあり、明治時代に入って没落してしまったものも多くありました。

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