江戸時代の身分制度と族称・族籍のまとめ

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士農工商と族称・族籍

時代劇などを見ればよく分かりますが、江戸時代における身分制度は、武士が支配階級で、農工商が被支配階級というのは、よく知られている構図です。

「士農工商(しのうこうしょう)」と言われ、武士、農民、職人、商人という順に、身分序列が敷かれていた、と昔は日本史の教科書に書かれていたのですが、現在では、このような説は、否定されております。

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江戸時代の身分制度と「士農工商」

「士農工商」とは、「老若男女」のような言葉であって、「すべての人びと」というような意味合いで使われるものであったと言います。
決して身分序列を表しているわけではないのです。

とはいうものの、江戸時代において、特権的な身分階層であったのは、武士です。

そして、農民と、職人・商人のあいだに身分序列はありません。
どちらが上とは言えません。

また、「職人、商人」という分類は、江戸時代においては、されていなかったようです。
双方を一括して、「町人(ちょうにん)」と呼称するのが正確だと思います。

江戸時代における各身分の構成割合

江戸時代における、これらの身分の構成割合については、以下のようになっております。

武士…7パーセント
農民(漁師、猟人を含む)…84パーセント
町人(職人、商人合わせて)…6パーセント
このようになっております。

農民は、漁師、猟人(かりうど)を含んでの数字です。
漁師や猟人は、農民と同様の身分とされていました。

その他の階級として、
公家(くげ)
僧侶
神主
医者
これらの身分がありました。

これらの身分は、すべて合わせても全体の1.5%ほどしかおりませんので、歴史教科書では、あまり扱われておりません。

公家・僧侶・神主・医者の階級について

こうした身分の人たちは、上級武士にしか認められなかった、権利を持っていることもあり、支配階級として遇されていました。

細かく分類すると、このなかでは公家が一番高い身分とされ、以下、僧侶・神主・医者と続くようです。(個々の事情により差はありますが)

江戸時代の身分制度と、族籍の関係

明治維新後の族籍についてもまとめておきましょう。
武士は、藩主については華族、旗本・御家人や一般の藩士は士族になりました。

農民、町人については、すべて平民になりました。

それ以外の身分についても見ていきましょう。
まず公家についてです。
公家の族籍を見ますと、堂上家(とうしょうけ)は、華族になり、地下家(じげけ)は士族になりました。
※堂上家(とうしょうけ)…上級の公家のこと
※地下家(じげけ)…下級の公家のこと

僧侶については、世襲の門跡寺院の住職のみ華族となり、他はすべて平民になりました。

神主については、一部の大神社の宮司は、華族、あるいは士族になり、多くのものは平民になりました。

医者については、御典医で世襲の藩士身分であったもののみ士族、その他は平民になりました。

江戸時代の身分制度については、誤解されていることが多いので、正確な理解に努めたいものです。

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