門跡寺院の組織と、地下官人の家系図について

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susie07100 / Pixabay

門跡寺院と寺侍

門跡寺院とは、「門跡号」を天皇より与えられた由緒ある大寺院のことです。
江戸時代以前の宮家や公卿の子弟は、僧侶になることが多かったので、こうした門跡寺院の住職になったケースが多く見られます。
門跡寺院の住職のことを「門跡」と言います。

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門跡寺院の組織

江戸時代以前の僧侶は一部の宗派を除いて、妻帯を禁じられていたので、一代限りで世襲は認められませんでした。

こうした事情もあって、門跡寺院という組織のトップではあるものの、実権は家臣たちが担っている例も見られました。

坊官、諸大夫、侍

門跡寺院の家臣団は、いくつかの階級に分けられます。
上から坊官(ぼうかん)、諸大夫(しょだいふ)、侍(さむらい)という順番に、家格が決められていました。

家臣団は、事務方を司る立場であり、門跡を支えていました。彼らは代々その地位を世襲しました。
坊官の子は坊官、諸大夫の子は諸大夫、侍の子は侍、というように生まれながらにして、そうした地位を継承できたわけです。
これは門跡が一代限りだったのとは対照的です。

彼らは官位を与えられておりまして、江戸時代の身分制度の観点から見れば、下級の公家(貴族)ということになります。

寺侍という身分

なお、門跡寺院には、これ以下の身分の家臣もおりました。
これが、寺侍と呼称されるものです。
寺侍については以前、別の記事でも扱いましたので、参照されてください。

寺侍は、前述の「坊官」「諸大夫」「侍」よりも下の身分なので、「下級貴族」ではなく、「武士」ということになります。
「侍」という言葉の持つイメージから、紛らわしいのですが、門跡寺院の家臣については「侍」以上は「貴族(公家)」であり、それ以下の階級は「武士」となります。

家臣団の家系図はあるのか?

門跡寺院の家臣団に関する家系図については、「坊官・諸大夫・侍」といった身分の家臣であれば、資料が残っています。
下級貴族の家系図をまとめた「地下家伝」というものが参考になると思います。

しかし、「坊官・諸大夫・侍」以下の身分の家臣については、容易に家系図を見つけるのは難しいでしょう。
寺侍については、これまで多くの研究がなされてきたとは言い難く不明な点が多いのです。

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