江戸時代の医者という身分

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DarkoStojanovic / Pixabay

江戸時代の医者と、その資格について

医者という職業は、国家資格です。
誰もが自由に「医者」として医療行為をできるわけではありません。
大学の医学部で所定の教育を受けて、医師国家試験に合格して、はじめて医者となることができます。

しかし、こうした制度は近代に整ったものです。
江戸時代には、医者の国家資格といったものはありませんでした。
誰もが自由に医者として開業することができたのです。

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医者になるには

そうは言っても、医者になるには多くの専門的な知識が必要でした。
医者になるには、それなりの学力が必要です。
当時は多くの人が、自分の名前と、自分が住んでいる村の名前さえ読み書きできれば、特に生活に困らないといった暮らしをしていた時代です。
そうした中で、医学書を読み、医師としての修行をできるのは、相対的に優秀な方でした。
武士や、裕福な百姓・町人の子弟などがなったといいます。

医者になるには、他の医者のもとで修行することになります。
そこで、医学的な知識を身につけるわけです。
現代医学のように、決して高度なものではありませんが、それなりに体系化されたものだったようです。

医者という身分について

こうして修行をおえると、やっと開業することができます。
医者は、いわゆる「士農工商」の「工」にあたると言われることもありますが、そうでもありません。
医者は、苗字を名乗ることができましたし、朝廷に仕える「宮廷医」、幕府に仕える「幕医」、藩に仕える「藩医」ともなれば、武士身分として処遇されます。
ちなみに、それ以外の「町医者」・「村医者」は、武士身分ではありませんでした。

医者の髪型について

また、医者は髪型も特徴的でした。
藩医のように身分のある医師は、剃髪していました。
剃髪をする理由は、世俗のものではないという意味があったからのようです。
僧侶が剃髪するのと同じ理由です。

剃髪をすることには、身分を越えるという意味があったといいます。
藩医ともなれば、貴人の診察もするので、そうした際には、「身分を越える」必要があったのです。

また、一般の町医者・村医者については、総髪といって、髪を束ねているだけでした。
町医者や村医者は、貴人の診察をしなかったからです。
現代人には、こうした感覚は分からないですが、当時はこのような風習があったのです。

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