江戸時代の僧侶という身分

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存
  • 0
スポンサーリンク

MichaelGaida / Pixabay

僧侶の地位と、寺請制度

江戸時代の僧侶という身分について触れてみたいと思います。
江戸時代の僧侶は、宗教家というよりも村役人のような役回りをしていました。

江戸時代は、寺請制度(てらうけせいど)というものがありました。
寺請制度とは、寺を通じた、民衆を支配するシステムのことです。
江戸幕府はキリスト教を禁教としたので、民衆はどこかの寺の檀家となることを義務付けられました。
当時は、信教の自由といったものはなかったのです。

スポンサーリンク

宗門人別改帳の作成にかかわる

また、寺はこうした宗教的な機能のほかに、幕府の支配機構の末端としての機能も果たしました。
宗門人別改帳という資料の作成には、僧侶がかかわっておりました。
宗門人別改帳は、江戸時代の戸籍のようなものです。

宗門人別改帳は、毎年調査・申告によって作成されました。
また、寺は、村人が結婚や奉公などで他の土地に移動する場合には、移動するものの年齢・性別・所属・宗旨などを書面に記載して、移動先の新たな寺に送付しました。
現在の行政手続きのようなものですが、江戸幕府はこのようにして民衆を管理・統制したのです。

江戸時代の寺は、このような機能を果たしていたので、一つの村に一つの寺が必ず配置されていたのです。
江戸時代初期に創建された寺が多いのは、そのためです。
幕府の支配上の都合によって、寺が創建されたのでした。

僧侶の仕事と生活

こうした制度のもとで、江戸時代の僧侶は、幕府の役人のような仕事をしていたのでした。
僧侶は、一定の収入が保証されておりましたので、神主のように兼職するということはありません。

また、江戸時代以前の僧侶は苗字を名乗りません。
その理由は、世俗のものではないからという理由です。
江戸時代の農民や職人・商人が苗字を名乗らなかったのとは、別の理由なのです。
僧侶の身分は高く、武士に準じた扱いを受けました。

僧侶と妻帯

江戸時代の僧侶は、特定の宗派をのぞいて妻帯しません。
したがって、子どもを持たないので、寺は世襲されませんでした。
つまり、僧侶の親は、僧侶ではないのです。
これは家系図を作成している、先祖を調べているといった方には、とても重要なことだと思います。
先祖に僧侶がいた場合には、その親は僧侶ではないということを、理解しておいてください。

関連記事
医者、僧侶、神主の家系と族称・族籍
僧侶だった先祖の家系図作成調査


ただいま期間限定で、ご先祖様の無料調査を致しております。
ネットだけでおこなえる、とても画期的な調査です。
戸籍調査だけでは満足いかない方におすすめです。
あなたのファミリーヒストリーを作ります!
ご興味をお持ちの方は、以下の記事をご覧ください。

無料調査のご案内

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Evernoteに保存Evernoteに保存

フォローする