安住紳一郎アナウンサーの大学、学歴と浪人時代、一浪?二浪?
安住紳一郎さん!
TBSの人気アナウンサーです。
とても軽妙な話の運び方に、安定感を感じますね。
アナウンサーといえば、
早稲田大学、慶應大学、上智大学、立教大学、明治大学などの有名大学出身者が多く、高学歴なので、
出身大学が話題になることも多いですね。
もちろん、人気アナウンサーである、
安住紳一郎さんについても、
出身大学や学歴について、話題となる事が多いようなので、調べてみました。
安住紳一郎アナウンサーの出身高校
安住紳一郎さんは、1973年8月3日生まれのTBSのアナウンサーです。
北海道帯広市で生まれ、美幌町・芽室町で育ちました。
出身高校は、
北海道帯広柏葉高等学校ということで、地元の名門校のようです。
そして、出身大学についてですが、
明治大学文学部日本文学科ということです。
安住紳一郎アナウンサーのゼミは、齋藤孝ゼミ!
そして、
大学時代の安住紳一郎さんのゼミの指導教授が、
『声に出して読みたい日本語』などの著作で知られる、
齋藤孝さんだったのです。
安住紳一郎さんが、
アナウンサーとして、お話がとても上手なのは、
明治大学で、齋藤孝さんのゼミにいたからなのかもしれませんね。
ちなみに、
安住紳一郎さんは人気アナウンサーなので、
フリー転身への誘いもあるそうです。
そうした誘いを、断るきっかけになったのが、
明治大学の指導教授だった齋藤孝さんのアドバイスだったともいわれています。
安住紳一郎が明治大学文学部に進学した理由は、姉の影響
安住紳一郎さんが、
明治大学文学部日本文学科に入学した理由は、
国語の教師を目指していたからです。
実際に、
安住紳一郎さんは、明治大学文学部在学中に、
中学校の国語科教諭の教員免許を取得しております。
安住紳一郎さんが、
教師を目指した理由は、姉が教師だったからのようです。
安住紳一郎の実家の、姉・父親・母親の職業
安住紳一郎さんの姉は、
柏倉早智子さんといって、北海道の公立高校で教師をしていたのです。
そういった家族の影響から、
安住紳一郎さんは、教員を目指していたようなのです。
あるいは、
安住紳一郎さんの父親・母親の職業が教師だったのかもしれません。
教員の家庭というのは、家族で教員になることが多いので。
しかしながら、
安住紳一郎さんの父親は、戦中生まれで、
母親は1947年生まれとのことで、職業などについては、情報がないようです。
安住紳一郎が語る大学受験
まあ、
そんな安住紳一郎さんですが、
とても大学受験では苦労されたようです。
これは、
安住紳一郎さんがラジオ番組で語っていたことです。
安住紳一郎さんは、
1973年生まれということで、
世代的には、団塊ジュニア世代ということになります。
団塊ジュニア世代というと、ものすごく同世代の人数が多く
大学受験が大変だった世代です。
現在の大学受験者であれば、
一学年120万人くらいですが、
団塊ジュニア世代は、一学年で210万人もいたのです。
現在では、大学定員よりも、受験者数のほうが少なく、
数の上では「大学全入時代」と言われています。
しかし、当時は、
大学の定員よりも、受験者の数のほうが上回ってしまっていたのでした。
安住紳一郎アナウンサーは大学受験失敗で、浪人へ
というわけで、
安住紳一郎さんは、
とても大学受験で苦労されたとのことです。
安住紳一郎さんは、
北海道の地元の進学校である
北海道帯広柏葉高等学校を卒業したのですが、
大学受験に失敗してしまい、
浪人生活に入ります。
俗にいう「一浪」というやつですね。
現役では合格できなかったわけですね。
当時は、私大バブルなんて言われていた時代で、
早稲田の政経・法や慶應の法などは、
東大よりも入るのが難しいなんていう話すらあったくらいですから、
とても難しかったのでしょう。
1990年代初頭というと、
まだバブル景気の残り香のようなものがあったので、
地方の国立大学ではなく、東京の私立大学を…と進学を希望する学生が多かったようです。
安住紳一郎の浪人生時代のエピソード
そうしたこともあって、
安住紳一郎さんは、浪人生となるのですが、
地元近くには、予備校がないので、
埼玉県に出てきて、一人暮らしをしながら、
代々木ゼミナールで、浪人時代を過ごしたのでした。
ちなみに、
浪人時代の安住紳一郎さんは、
埼玉県与野市(現在の、さいたま市)に住んでいたそうです。
現在では、指定校推薦やAO入試など、入試が多様化したということもあって、
ガリガリ勉強して、一般的な学力試験で難関校を突破するという受験生像は、薄らいできました。
しかし、当時は、
浪人生文化というものすらあったのです。
深夜ラジオを聞きながら、はんてんを着て、机に向かって勉強しているイメージですね。
安住紳一郎さんは、
当時を振り返ってみて、
友達もいなくて、とても暗い浪人時代だったといいます。
現在の安住紳一郎さんのイメージとはずいぶん違いますね。
安住紳一郎アナウンサーは出身大学の推薦入学者をこう見る
そんな、
安住紳一郎さんは、
「一般受験でとても苦労したので、推薦で学校に入った人を、心の底では絶対に許していません!」
と、語っているほどです。
安住紳一郎さんが言うには、
推薦入学制度は、きちんと制度として、認められているものなので、それを利用して大学に入学する人は、悪くないのですが、
個人的には許せないということのようです。
たしかに、
指定校推薦だと、受験シーズンの1月、2月には、合格が決まっているので、車の免許を取りに行っている人なんかがいて、
「いいなあ」なんて思う、受験生も多いでしょうね。
安住紳一郎の父親の職業?実家や母親、姉や兄弟?家族は帯広市に住所?
安住紳一郎さんは、一浪?二浪?明治大学に補欠合格?
そういうわけで、
安住紳一郎さんは、
それとなく、一般入試で大学に入学したのか、そうでないのかをチェックして、それを手帳にメモしているほどだと語っています!
過酷な受験を経験してしまったので、
とても屈折した感情があるのでしょうね。
結果、
安住紳一郎さんは、一浪ののち、
明治大学文学部日本文学科に合格し、入学しました。
二浪して、大学に入ったとか、
補欠合格だったとか、いろいろな噂がありますが、
それは、それだけ安住紳一郎さんが苦労されたからなのでしょうね。
というわけで、
安住紳一郎さんの出身大学・学歴・浪人時代・大学時代のエピソードなどを、お送りしました。