珍姓のルーツとは
現在、私たちが名乗っている苗字は、いつ誰が名付けたものなのでしょうか?
そんな疑問を持ったことのある人は多いと思います。
これまで歴史の教科書では、「江戸時代の庶民に苗字はなかった」とされてきました。
これは現在では否定されています。
「庶民は苗字を持っていたが、公の場で名乗るのを禁じられていた」というのが真相のようです。
参照記事
江戸時代に庶民は苗字を名乗れたのか?
苗字の種類は明治初期に一気に増えた
そうなると、苗字は明治時代初期に作られたものではないということになります。
江戸時代に苗字の公称を許されていなかった庶民は、私的な場においてのみ用いていた苗字を、明治初期に登録しています。
私たちが名乗っている苗字は、このように江戸時代以前から名乗っていたものが多いのです。
その一方で、明治時代初期に作られた苗字も多くあります。
日本には多くの種類の苗字がありますが、明治新姓の頃に一気に増えたと言われています。
珍しい苗字の人は、「どうしてこんな苗字なんだろう?」と一度は思ったことがあると思います。
苗字のルーツへの関心から、家系のルーツへの関心へと移っていくケースは多いです。
珍しい苗字が生まれる三つのパターン
一般的に言って、珍しい苗字は明治新姓のときに作られたものが多いと言えます。
明治新姓のときに珍しい苗字が生じやすいパターンには以下の三つが考えられます。
・僧侶が自分の苗字を考えるケース
・僧侶や庄屋などに新しく苗字を考えてもらうケース
・役場の人の手違いで、苗字を間違えて登録したケース
明治初期の時点では、識字率が低かったのです。
自分の名前と村の名前だけしか書けないといった人が、たくさんいました。
村のなかで、漢字をたくさん知っている人は、僧侶・庄屋、神主といった人たちです。
そのなかでも、最も難しい漢字をたくさん知っていたのは僧侶です。
僧侶は江戸時代、苗字を名乗らなかったので、自分で明治初期に苗字を考え出しました。
その際には、かなり珍しい苗字が生まれました。
また、僧侶や庄屋に苗字を作り出してもらった人たちもいます。
現在でも地方では、珍姓ばかりの人が住んでいるところがあります。
それは、明治初期に、僧侶なり庄屋なりが、一人ひとりの村人に特有の姓を考えたからなのでしょう。
単なる手違いだったという由来もある
それから、役場の人の手違いで珍しい苗字が生まれる、ということもあります。
似たような別の漢字と勘違いして登録された結果、変わった苗字になってしまうのです。
名前の登録でも、こういったことは頻繁に起こりましたが、苗字でもあったそうです。
珍しい苗字の方は、自分の苗字のルーツを調べることから、家系全体にも興味を持っていただけたらと思います。
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