江戸時代に庶民は苗字を名乗れたのか?

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Majestic-1217 / Pixabay

農民・職人・商人も苗字を名乗った?

江戸時代に苗字を持っていたのは、特権的な階層のみと理解している方は多いと思います。
学校の日本史の授業でも、そのように習ったと思います。
私自身、そのように長年理解しておりました。

まず、江戸時代に無条件に苗字を名乗れた階級を整理してみましょう。
武士・公家・神主・医者です。
それ以外の身分は名乗りません。
農民や職人・商人で苗字を名乗れるのは、特別に許可を受けた豪農、豪商だけです。

僧侶については、江戸幕府成立以前から、俗世のものではないという理由から、苗字を名乗りません。

歴史上の人物で僧侶のものは、安国寺恵瓊とか金地院崇伝といったように、寺の名前に法名をつけた形で表記されますよね。
農民や町人は、特別に許可を得た者以外は、苗字を名乗れません。

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江戸時代、農民や町人も苗字を持っていた!

したがって、農民や町人といった庶民は苗字を持っていなかった、とされているのですが、実はこれは嘘なんです!

例えば、村の神社に残っている寄進帳などの史料にあたれば、農民であるにも関わらず、しっかりと苗字が入れられているのが見受けられます。

実際のところは、庶民も苗字を持っていたのですが、公的な場においての使用は禁じられていた、と解するのが正確です。
私的な場においては良いというわけです。

例えば、検地帳とか宗門人別改帳といった公的な文書には、苗字は書かれません。
しかし、神社の寄進帳のような私的な文書には、苗字を書いてもお咎めを受けなかったのです。

江戸時代、庶民が苗字を名乗れなかったのは69年間だけ

江戸時代前半には、庶民の苗字の名乗りについては、かなり曖昧だったようです。
庶民の苗字について、厳格な規定が設けられるようになったのは、江戸時代後半のことです。

享和元年(1801年)7月の「苗字帯刀の禁令」によって、庶民の苗字の名乗りが禁じられましたので、実際に庶民の苗字の名乗りを禁じられていた期間は、享和元年(1801年)から、「平民苗字許可令」が発令された、明治3年(1870年)までの69年間だけではないかと言われています。

「平民苗字許可令」と「平民苗字必称義務令」

さて、明治3年(1870年)に「平民苗字許可令」が出され、これまで苗字を公的に名乗ることが許されなかった階級でも、苗字を名乗れるようになりました。
しかし、苗字を名乗ると、徴兵や課税などで不利になるという考えもあって、名乗りを憚るものもいました。

その後、明治9年(1875年)に「平民苗字必称義務令」が出され、すべての国民が苗字を持つことを義務付けられました。

苗字を持たなかった庶民は、明治初期になって苗字をつける際に、庄屋や僧侶などの漢字の読める人に苗字をつけてもらった、という話がよく知られていますが、実際には、こういった例は、それほど見られなかったのではないでしょうか。

明治9年(1875年)に出された「平民苗字必称義務令」においては、「先祖伝来の苗字が分からないものは、新たに苗字をつけて良い」ということになっております。
この文面から考えられるのは、庶民であっても、先祖伝来の苗字があったことを前提としているように読めますね。

まとめ

したがって、以下のように整理できます。
・江戸時代以前にも、庶民は苗字を持っていた。
・だが、苗字の公称は禁止されていた。
・私称する分には問題はなかった。
このように、理解しておけば良いでしょう。

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