江戸時代、明治時代以降の「妾」について

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妾、庶子、私生子とは?

「妾」という言葉があります。
「めかけ」と読むと、あまり良いイメージを持たない方も多いかも知れません。
誰それには「妾」がいた、といったような言い方をされ、スキャンダルのような扱いを受けることもあります。
第二、第三の妻といった意味合いで、捉えられる言葉です。

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家系の維持と「妾」

こうした事柄は、現代の社会通念で考えると誤った理解になってしまうと思います。
江戸時代から明治頃の名家にあっては、男系の維持というのは、とても重要なことでした。
「男系の維持」というと、現在では、皇位継承問題でしか語られないですが、当時の感覚では、家を存続する上で重要な事として捉えられていたのです。

妾は社会的に許容されていた

「妾」という言葉は、正確には「しょう」と読んだほうが良いと思います。
側室(そくしつ)とも言います。
「妾」とは、子孫を残すために、もうけられた存在であり、広く社会がそれを許容しておりました。
しかし、明治民法において、重婚は禁止されていたので、婚姻している相手以外は、すべて「妾」であり、「妻」ではありません。

戸籍に見る「庶子」、「私生子」とは

「妾」が産んだ子どもは、明治民法においては、「庶子(しょし)」という扱いになります。
庶子とは、夫婦になっていない者同士のあいだに生まれた子どものうち、父によって認知された者のことを示します。

また、認知を受けていない者は、「私生子(しせいし)」・「私生児(しせいじ)」と言います。
当時の戸籍には、「庶子」・「私生子」と記載されました。
どちらとも、「非嫡出子(ひちゃくしゅつし)」ということになります。

家系図作成に現代の常識を持ち込むのは良くない

家系を調べていくと、ご先祖に妾がいたり、庶子がいたりといったことが明らかになることもあります。
家系図作成によって、こうした事実が判明した場合、現代の常識にあてはめて、それを論じてしまうのは、良くありません。

実際、江戸時代以前のお殿様の多くは、「妾」を持っていました。
戦前の政治家や財界人なども、「妾」がいた方は多いです。
豊かだったり、身分が高かったりした証拠かもしれませんので、こういったご先祖がいらしたら、さらに家系を追って調査してみると、面白いものになるかもしれません。

古い戸籍を請求しても、現在は空欄に

現在、昔の戸籍を請求しても、「庶子」や「私生子」といった記載は見られません。
塗りつぶされて、不自然な空白になっています。
こうした箇所が、戸籍上にあれば、「庶子」や「私生子」といった記載が、もともとあったのかもしれません。


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