独身の老後は悲惨なもの?結婚してれば幸せ?不安への準備が煽られるのは、戦後日本社会固有の問題が…
社会とは
変化を重ねていくものですが、
戦後の日本社会においては、
独身に対する考え方が
最も大きく変わったのかもしれません。
なぜなら、
かつては男女ともに「適齢期」を迎えたら
近所の世話焼きおばさんの伝手(つて)などで
見合い結婚をするというのが、
ほぼ決まった人生のコースでした。
独身者の数は、昔は少ない
もっとも、かつては
そのような
世話焼きおばさんのシステムもあってか、
昔はある一定以上の年齢の
独身者の数は
非常に少ないものでしたが、
現在は異なります。
独身でいることも、個人の価値観による決定事項
価値観の多様化によって、
結婚をするにしても、
独身でいつづけることも
ともに親や親族、
あるいは社会からの要請ではなく
個人個人の価値観によって
決定されるようになったのです。
独身者の数は、首都圏では増えるばかり
そのような
独身をめぐる価値観の変化もあって、
現代日本は
独身の男女が多くなりました。
特に東京を中心とした首都圏では、
男女共に
いわゆる適齢期以上の年齢の
独身の割合は非常に高く、
かつてのような
独身は少数者である、
というような状況ではなくなりました。
独身のままだと、老後が不安?
ところが、
独身者をとりまく考え方は
なかなか以前とは変わっていないのが、
残念ながら現状のようですね。
その分かりやすい例が、
独身のままでは
老後が不安ではないか、という価値観です。
独身の老後は悲惨なので、準備して不安を取り除く?
この独身と老後についての話題は、
独身について語る時に
必ずと言っていいほど出る話ですが
ほぼ話の展開は決まっていて、
「独身の老後は
悲惨で寂しいものなので、
いまから老後の不安を取り除く為に
準備しておくべきで、
そうすれば、悲惨な老後は防げるよ」
といったことが語られるのです。
独身者の老後は、本当に悲惨で不安なものなのか?
では、
果たして独身の老後とは、
そんなにも
悲惨なものなのでしょうか。
独身の老後には、
不安な未来しか待っていないのでしょうか。
当たり前ですが、
そんなことはどこの誰にも
分かるはずのないことであるにもかかわらず、
なぜか独身者の老後に関しては、
必ず不安と悲惨が
ついてまわるという言い方をされるようです。
独身者の老後は、悲惨で不安しかない?というのは、ステレオタイプなものの見方
もっとも、
結婚をして子供がいれば、
それで必ず幸せな
老後を迎えることが出来るかと言ったら、
そんなに単純なことではないと、
大半の人は答えるはずでしょう。
しかし、
独身者に対しては、
先ほどお話したような、
思い込みとも決めつけともとれるような
「悲惨で不安な老後」が
ステレオタイプの意見として語られがちなのです。
独身の老後が悲惨だという意見が、広く述べられる理由は…
では、どうして
独身の老後については、
そのような一方的な見解が
述べられるのでしょうか。
その理由としては、
はじめにもお話したように
いままでの日本社会は、
こんなにも多くの独身者を
抱え込んだことがなかったことが、
背景として
あるのではないでしょうか。
多数派が、「独身の老後は悲惨で寂しい」と決めつける
要するに、日本社会は
独身の老後というものに対する
具体的な事例の積み重ねが少ないため、
多数派である結婚をした人たちの
老後を基準にして
独身の老後について語るので、
一方的な見解に
終始してしまうのではないでしょうか。
独身か否かに関わらず、幸せな老後か、悲惨な老後なのかは、分からない
独身であろうとなかろうと、
幸せな老後を迎えるのか、
それとも悲惨な老後を迎えるのかはわかりません。
不安に思うのであれば、
いまから
しかるべき準備をしておけばいいのであって、
独身であることと
老後の不安そのものは、
まったく関係がないものなのではないでしょうか。
今回は、
「独身の老後は、悲惨で不安で寂しいか?」といった問題を、
考えてみました。