セイコー服部家の家系図!服部金太郎の子孫は?服部一族の現在!令嬢はお妃候補?
セイコーの創業者一族、
服部家。
日本を代表する時計メーカーであり、
銀座のシンボルである、
銀座和光の経営もしている、
老舗企業です。
セイコー(SEIKO)の時計は
グランドセイコーやアストロンなど、
すばらしい時計がたくさんあります。
また、
銀座和光の接客は実にすばらしく、
デパートの見本だと思います。
この記事は、
服部セイコーの創業者一族である、
服部家の家系図や子孫に関係した事柄を、整理していきます。
服部セイコーの創業者、服部金太郎
セイコーの創業者は、
服部金太郎です。
服部金太郎は
幕末に生まれた方で、
服部家は、
もともとは愛知県名古屋市にルーツをもつ家系です。
服部金太郎は、
子供の頃から東京の時計店で修業をしていて、
明治14年、21歳のときに、
現在のセイコーである、
服部時計店を創業しました。
服部セイコー創業者、服部金太郎の家系図
セイコーの服部家の創始者である、
服部金太郎の家系図を見ていきます。
服部金太郎は、
子だくさんで14人の子供がいて、
3人の息子と11人の娘がいました。
服部金太郎 1860-1934
東京、服部喜太郎長男
服部時計店創業者、第一生命取締役
貴族院議員母:はる
天保3、東京、片野重五郎長女妻:まん
文久3、群馬、山本兼十郎長女長男:玄三(後継者
長女:のぶ
明治16
三重士族、日銀副総裁、清水賢一郎と結婚二女:なを
明治19
宮城県知事、牛塚虎太郎と結婚三女:セキ
明治23
東京女学館出身
東京、龍居頼三の二男、豊にと結婚し、分家する四女:ゆき
明治24
東京女学館出身
慈恵会医科大教授、松山陸郎と結婚五女:せい
明治25
東京女学館出身六女:かう
明治28
杉村商店取締役、杉村米次郎と結婚七女・貞子
明治29
紀長伸銅所社長・河田源蔵と結婚八女・まさ
明治30
日本活字鋳造監査役、中原繁之助と結婚九女・登志
明治31二男・正次
服部時計店3代目社長十女・好子
明治34
農林省官僚、帝国蚕糸会会長、吉田清二と結婚三男・武三郎
服部時計店重役四男・英介
明治38十一女・秀子
明治40
東京三女出身
貴族院議員・仁井田益太郎の二男、東山商事勤務・仁井田甲斐と結婚※家系図は敬称略
セイコーの服部家の初代、
服部金太郎の娘たちは、
財界関係者や官僚など、
いろんな方と結婚して、服部家の閨閥を華麗なものにしています。
服部金太郎の息子たちの家系図は?
服部金太郎の3人の息子たちは、
どのような人で、
どういった家系図につながり、子孫がいるのかを、
つづいて見てみましょう。
服部金太郎の息子は、
長男の
服部玄三が服部時計店の後継者になり、
2代目社長を務めました。
次男の
服部正次は、3代目の服部時計店社長になっています。
服部正次の妻は、
三共の創業者、塩原又策の三女の智子です。
そして服部正次の長男の
服部一郎さんは、セイコー・エプソンの社長を務めました。
服部金太郎の三男の
服部武三郎は、
服部時計店の重役をつとめています。
服部武三郎の妻は
精神医学者で東京帝大教授の三宅鉱一の四女で、
服部武三郎の娘は、
中京財界の実力者である、
諸戸家の諸戸精孝さんと結婚しています。
服部セイコー、2代目社長・服部玄三の家系図
それでは
セイコー創業者、服部金太郎の長男である、
セイコーの2代目社長をつとめた、
服部玄三の家系図から、
服部家の子孫の現在を見ていきたいと思います。
服部玄三 1888-1959
明治21、服部金太郎長男
東京高等商業卒
服部時計店2代目社長、第一生命取締役、服部貿易相談役妻:エイさん
明治32、大膳頭・上野季三郎二女
女子学習院出身長男:謙太郎さん
大正8
慶大経済卒
経済学者、慶大助教授
服部時計店4代目社長
同妻:ケイさん
日新製糖会長・永田清さんの娘二男:礼次郎さん
大正10
慶大経済卒
服部セイコー5代目社長
同妻:悦子さん
御木本真珠取締役・横浜礼吉さん、栄子さんの娘三男・成三郎さん
大正15
慶大経済学部助手
三光起業取締役
同妻:豊子さん
朝鮮貯蓄銀行頭取、植野勲さん三女
桐朋学園大教授
セイコーの服部家の2代目社長、
服部玄三の息子は、
長男の服部謙太郎さん、次男の服部礼次郎さんお二人とも、
服部時計店の社長をされていました。
セイコー服部家は、三菱・三井・住友財閥とも家系図がつながる!
なお、
セイコーの服部家の2代目、
服部玄三さんの妻は、
上野季三郎の娘さんですが、
上野季三郎の親戚には、
加藤高明元総理や三菱財閥の岩崎弥太郎、
三井財閥重鎮である團琢磨、
工部卿の佐々木高行や、住友財閥当主の住友友成らがいます。
上野季三郎の家系図からは、
三菱財閥や三井財閥、住友財閥と、
三大財閥につながりがあるのです。
服部家子孫・服部謙太郎さんと服部真二さんの家系図
服部金太郎の孫である、
セイコー4代目社長、服部謙太郎さんの
家系図をみてみましょう。
セイコーは、
5代目社長の服部礼次郎さんのあと、
しばらく社長は
服部一族ではない方がついていました。
その後、
2010年に、
服部一族から、
服部真二さんがセイコーの社長に就任しています。
服部謙太郎さんを中心とする
家系図を見ていきましょう。
服部謙太郎さん
大正8
慶大経済卒
経済学者、慶大助教授
服部時計店4代目社長妻:桂子さん
1929、NHK会長、永田清さん長女長男:純一さん(純市さん)
セイコーインスツルメンツ会長次男:真二さん
セイコー第10代目社長
セイコーホールディングス会長三男:秀生さん
セイコーウォッチ監査役
服部真二さんは、
セイコーの第10代社長で、現在はセイコーの会長になられています。
服部金太郎から
はじまる服部一族の子孫たちは、
このように現在も活躍されています。
セイコー服部家の令嬢は、徳仁さまのお后候補として話題になっていた
セイコーの服部家には、
天皇陛下徳仁さまのお妃候補として、
マスコミで取りざたされた御令嬢もいらっしゃいました。
天皇陛下徳仁さまのお妃候補には、
旧華族や財閥の令嬢たちの名前が多くあがり、
週刊誌などで当時はよく報道されていました。
セイコーの服部家では、
創業者、服部金太郎の次男、服部政次の息子である、
セイコーエプソン社長、
服部一郎さんと妻の孝子さん(三菱化工専務・今村祥二さんの娘)の、
長女の服部聡子さんが、
お妃候補として報じられていました。
服部セイコーのご令嬢として、
話題性もあったので、
マスコミ報道がされていたようですね。
というわけで、
服部セイコー、服部家一族の家系図や子孫に関する話題を、
お送りしました。