美智子さまの実家や父親、母親、兄弟、家系図は?日清製粉?正田醤油?

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Monoar / Pixabay

美智子皇后の実家は?父親の職業は日清製粉?正田醤油?母親は佐賀藩の副島綱雄氏?兄弟姉妹や祖父母、先祖や親戚は?

平成時代の皇后陛下として、
長らくご公務に
取り組まれた、
皇后美智子さま。

平成時代の
皇后美智子様というと、
本当にいろいろなことに
取り組まれ、

日本を明るく、
元気にするために、
ご公務をされたことは、
多くの人たちの記憶に残っていますね。

今回の記事では、
平成時代の皇后陛下、
美智子様の
「実家の家族や家系図は?先祖は群馬県館林市の正田醤油?父親の職業は日清製粉で母親は佐賀藩士の家柄で副島氏?兄弟姉妹や親戚は?」
といった話題について、
お送りしてみたいと思います。

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美智子さまの実家、正田家の家族や兄弟姉妹の構成は?

それでは
美智子さまの、
父親、母親、兄弟姉妹といった、
実家の家族構成や、
家系図の話題を順々に見ていきましょう。

はじめに
美智子さまの実家の
家族構成を紹介します。

美智子さまの実家は
父親・母親のもと、
兄・美智子さま・妹・弟
という構成で、
4人兄弟だったようですね。

美智子さまは
昭和9年(1934)生まれですが、
この世代ですと、
4人兄弟というのは
むしろ少ない方で、

なかには
10人兄弟といった家族
多かった時代でした。

美智子さまの実家の先祖は、群馬県館林市の資産家

では
美智子さまの旧姓や、
実家の先祖について、
見ていきましょう。

美智子さまの旧姓は、
正田美智子(しょうだみちこ)さんです。

美智子さまの先祖は、
江戸時代には
現在の群馬県館林市
先祖代々
住んでいたようです。

美智子さまの
先祖は、
当主は代々、正田文右衛門と名乗り、
米穀商(米問屋)を職業とし、

群馬、館林市近郊では
随一の資産家で、
その名声は
関西にまで及ぶという、
お金持ちの商人だったようですね。

美智子さまの実家は、明治時代に正田醤油と日清製粉を創業

美智子さまの
実家の家業というと、
日清製粉とか正田醤油といった、
イメージで、
語られることが多いのですが、

実際には
美智子さまの先祖は
代々の家業は、米問屋であり、

地元、群馬県館林市で
醤油の製造業や製粉業に、
乗り出したのは
明治時代に
入ってからだといいます。

美智子さまの実家の家系図を、祖父母の代から紹介

それでは
美智子さまの実家、
正田家の明治時代以降を、
家系図を見ながら、
解説していきましょう。

美智子さまの
祖父の代にさかのぼって
みると、

美智子さまの
祖父の名前は
正田貞一郎さんといいます。

美智子さまの祖父、
正田貞一郎さんは
三代目正田文右衛門の孫にあたり、
正田家の分家の出身でした。

美智子さまの祖父、
正田貞一郎さんは
明治3年(1870)生まれで
東京高等商業学校(現在の一橋大学)出身で、
実業家となり、
日清製粉を創業しました。

美智子さまの
祖父を中心とした
家系図はこのようになります。

・正田貞一郎
明治3、群馬、正田作次郎長男
東京高商卒
貴族院議員
日清製粉創業者、
慶徳製粉、朝鮮製粉、東武鉄道各会長

妻・きぬ
明治13、群馬、正田文右衛門長女

長男・明一郎
明治32

二男・建次郎
明治35
東大数学科卒
理学博士
阪大学長、武蔵大学長

三男・英三郎 ※美智子皇后の父親
明治36
東京高商卒
日清製粉会長

四男・順四郎
明治39

五男・篤五郎
大正2
東大鉱物科卒
東大教授

二女・勅子
明治41
東京女高師附属高女出身
東大教授、理学博士・水島三一郎に嫁す

三女・裕子
明治43
同校出身
ニチロ監査役・脇村礼次郎に嫁す

四女・千鶴子
大正4

五女・和子
大正6
お茶の水高女出身
大築志夫に嫁す

※敬称略。出典は近代名士家系大観より

美智子さまの父親、正田家は学者一族

美智子さまの
祖父・正田貞一郎さんの
妻は、
正田家本家の正田文右衛門の長女でした。

美智子さまの父親、
正田英三郎さんは、
三男ですが、

長男が早逝したのと、
次男が学者になったために、
祖父が始めた、
日清製粉を継いだのでした。

美智子さまの
父親の兄弟は、
学者が多く、

また
兄弟それぞれの
配偶者も、
学者や、その家系の方
多いようです。

美智子さまの実家の家族と家系図は?

それでは
美智子さまの
父親、正田英三郎さんを
中心とする家系図
見ていきます。

・正田英三郎
明治36、日清製粉社長・正田貞一郎三男
東京高等商業卒
日清製粉名誉会長

妻・冨美(富美子)
明治42、中支那振興常務理事・副島綱雄長女
雙葉高女出身

長男・巌
昭和6
東大法卒
日本銀行監事

同妻・淑
昭和14、東京銀行頭取・濱口雄彦二女
学習院大出身

長女・美智子さま ※美智子皇后
昭和9
聖心女子大英文科出身

二女・恵美子
昭和15
昭和エンジニアリング社長・安西孝之に嫁す

二男・修
昭和17
日清製粉社長

同妻・素子
昭和20、クラレ社長・大原総一郎二女
慶大出身

※敬称略。出典は近代名士家系大観より。

美智子さまの父親の名前と職業、母親の家系は?

美智子さまは、
二男二女の
四人兄弟の次女にあたります。

美智子さまの
父親は、
日清製粉名誉会長の
正田英三郎さん、

そして
美智子さまの母親は
旧佐賀県士族である、
副島綱雄さんの長女、
正田富美さんです。

美智子さまの
母親は、
正田富美子さんとも
名乗っていました。

美智子さまの兄弟姉妹と親戚は?

美智子さまの
兄弟姉妹の家系図
説明していきましょう。

美智子さまの兄の名前は
正田巌さん。
美智子さまの兄、
正田巌さんの妻は、
元総理大臣・浜口雄幸の孫娘
あたる方です。

そして
美智子さまの
妹さんの名前が
旧姓、正田恵美子さんです。

美智子さまの
妹さんは、
昭和電工の安西一族に嫁いでいます。

そして
美智子さまの
弟さんの名前が
正田修さん。

美智子さまの
実家の職業である
日清製粉の経営を
継いだのは弟さんでした。

美智子さまの
弟、正田修さんは
クラレ会長だった大原総一郎さんの、
娘さん、素子さんと
結婚しているようです。

雅子さまの実家や父親、母親、兄弟は?家系図や家族は?曾祖父は海軍?

美智子さまの母方の祖父、副島綱雄氏の家系は佐賀藩士族

そして
美智子様の
母親、正田富美子さんの
家系ですが、旧佐賀藩士の家系でした。

美智子さまの
母方の祖父にあたる、
副島綱雄さんは
上海で綿花事業にかかわっていました。

・副島綱雄
明治14、佐賀県士族・副島哲吾二男、醸造業・副島冨五郎養子
昭和2、家督相続
大阪高商卒
江商勤務、大阪三品取引所常務理事、天満織物監査

美智子様の
家系図や親戚関係
実に華麗なものですね。

というわけで
平成時代の皇后陛下、
美智子様の
「実家の家族や家系図は?先祖は群馬県館林市の正田醤油?父親の職業は日清製粉で母親は佐賀藩士の家柄で副島氏?兄弟姉妹や親戚は?」
といった話題について、
をお送りしました。

紀子さまの実家や父親や母親は?兄弟は獣医?家族や家系図、親戚は?

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