五島慶太の家系図と子孫!東急・五島家の現在!妻と子供は?

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五島慶太の妻と子供、子孫は?東急グループ、五島家の家系図と現在!

東急グループを築いた
五島慶太(ごとうけいた)。

五島慶太というと、
西武グループの堤康次郎との
ライバル関係でも知られています。

現在でも東急グループは、
数々のグループ企業がり、
また、
創設者の五島慶太を顕彰する意味合いもある、
五島美術館も有名ですね。

この記事は
五島慶太と東急グループ、
五島家の現在など、
家系図や子孫に関係する事柄を整理します。

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五島慶太の妻や子供は?息子と娘は?

五島慶太の妻や子供など、
五島慶太の
家族構成についてはじめに見ていきます。

五島慶太の家系図を見ていきましょう。

五島慶太 1882-1959
長野、小林菊右衛門二男
東大法科卒
農商務省、鉄道院官僚を経て
東急グループ総帥、東急電鉄会長
運輸通信大臣

妻:万千代
衆議院議員、久米民之助の娘

男:昇(後述) ※第2代東急グループ総帥

男:進
大正7
東大商科出身

長女:春子
大正2
女子学習院出身
東京、東大政治科卒、衆議院議員・曾祢益と結婚

二女・光子
大正3

※家系図は敬称略

五島慶太の妻は、二重橋の設計者・久米民之助の娘

五島慶太は、
はじめ農商務省の官僚で、その後すぐに鉄道院に転じました。

五島慶太は
鉄道院もすぐに退官して、実業界に入ります。
早々に官僚を辞めた、
五島慶太は、官僚時代に構築した人脈をいかして、
大きな事業を手掛けていきました。

五島慶太の妻は、
二重橋の設計をおこなった工学博士で、
衆議院議員にもなった久米民之助の娘でした。

五島慶太の父親は、
貧しい農家でしたが、
五島慶太は官僚になり、
名家の娘さんを妻にすることで、
日本の上流社会に入る第一歩を踏み出したのでした。

五島慶太の息子、五島昇の家系図

そして
五島慶太の息子、
五島昇の家系図で家族構成を確認しましょう。

五島昇 1916-1989
五島慶太長男
東大商科卒
東急電鉄社長、会長

妻:久美子さん
大正7、久原房之助四女

妻:陽子さん
昭和9

長男:哲さん
昭和23
東工大卒
東急建設代表取締役

長女:喜久代さん
昭和24
小川正夫さん(藤田観光専務・小川邦男さん長男)と結婚

五島慶太の息子、
五島昇は、
父親の五島慶太の後を継いで、
東急グループの総帥となった方です。

五島昇は、
父親の五島慶太よりも
やや融和的な事業拡大を進め、
渋谷109や、たまプラーザ駅を作ったことでも有名です。

五島慶太の妻は、久原財閥の久原房之助の娘

五島慶太の息子、
五島昇の妻は
実業家の久原房之助の娘でした。

五島昇の妻の父親である
久原房之助は
久原財閥を率いた実業家であり、
逓信大臣や政友会総裁をつとめた、
政界の実力者でした。

久原房之助の家系図と子孫!息子や娘は?日産や東急グループと親戚!

久原房之助は
藤田財閥を築いた藤田伝三郎の甥であり、

久原家の閨閥には、
スタンレー電気の北野家や、
福沢諭吉側近で三井財閥の実力者である、朝吹家もいます。

五島慶太は、
新興財閥に過ぎなかったわけですが、

五島慶太の息子が、
久原財閥の娘さんと結婚したことで、
明治に興された財閥勢力とも親戚関係になったわけです。

五島慶太の子孫、現在の五島家と東急グループ

そして
五島慶太の子孫、五島家の現在について、
見ていきましょう。

五島慶太の孫である、
五島哲さんは、
東急グループの3代目にあたります。

東急建設の社長をつとめ、
将来を期待されていました-が、
五島哲さんは
東急グループの総帥にはなれず、

現在の五島一族は、
東急グループ創設者、
五島慶太の子孫でありながら、
東急グループの要職にある方はいないそうです。

というわけで、
五島慶太と東急グループ、
五島家の現在など、
家系図や子孫に関係する事柄を整理しました。

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