小野武彦さんの実家とファミリーヒストリー

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小野武彦さんの祖父と家系図

NHK総合テレビで放映された、俳優・小野武彦さんの『ファミリーヒストリー』のまとめです。
小野武彦さんの母方の祖父・小野金次郎は、小唄の作詞家でした。
その祖父について番組では、調べていました。

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小野武彦さんの祖父・小野金次郎

小野家は、現在の神奈川県横浜市保土ヶ谷区にありました。
裕福な質屋に生まれた小野金次郎は幼いころから本が好きでした。
小野金次郎は、横浜の英語学校に通い、学校を終えると、横浜のグランドホテルにボーイとして働き始めました。
そして、大正11年に読売新聞社に入社します。

昭和7年には、チャーリー・チャップリンが来日した折に、取材をしています。
この時、チャップリンから直筆のサインをもらって大事にしていたそうです。

小説、戯曲、小唄

この頃から、小野金次郎は、小説や戯曲を書き始めます。
山本周五郎と知り合い、お互いライバルのような関係だったようです。

しかし、小野金次郎が活躍したのは小説や戯曲の世界ではありませんでした。
小唄の世界で、才能を認められることになります。

小唄が流行すると、作詞の仕事が次々に舞い込みます。
小唄は戦後にブームになり、金次郎は専属の作詞家として、生涯に2000もの作品を発表しました。

小野武彦の父

次いで、小野武彦の父について、番組では調査しています。
小野正之は婿養子でした。もともとは、山梨県韮崎市にある越石家の出身です。
越石という苗字は、山梨県に見られる特徴的な苗字です。
このように苗字の情報だけで、どこの出身なのか特定することができます。
通常は、苗字だけで、先祖のルーツを調べることはできませんが、特徴的な苗字の場合、そうしたことも可能となります。

参照記事
苗字から先祖を調べるには、同姓分布をチェック

陸軍将校だった父

番組では、現地に暮らす本家宅に訪問していました。
越石家は先祖代々の大地主だったそうです。
本家の方が、「あのあたりまでは、他所の土地を踏まずに行けた」と語っていました。
戦前の大地主は、大勢の小作人に土地を貸しており、大規模な農家がたくさんいました。
農村部における資産格差は、とても大きかったのです。
その後、戦後の農地改革によって、地主から小作人へと土地が与えられました。

小野武彦さんの父・正之は、越石家当主・越石善造の末っ子として生まれました。
正之は、19才で近衛師団に入りました。
番組では、「村で一番優秀なものが近衛兵となり、名家の子弟がなったものだった。近衛兵になるのは名誉なことだった。」と、紹介されていました。

番組では、兵籍簿が映っていました。
正之は、近衛兵を務めたのちに、陸軍士官学校に入って、将校になったといいます。
兵籍簿をよく見ると、勲六等を受章していて、昭和20年には中尉に昇級していました。

将校といえば、エリート軍人です。
将校であった方であれば、どのような経歴を持つ人物であったのか、多くの記録が残っており、調査することが可能です。
先祖に、軍人をお持ちの方は、是非調査されてみることをおすすめします。

参照記事
軍歴証明書・兵籍簿の取り方
軍人だった先祖の家系図作成調査

小野武彦さんの生い立ち

戦後、軍人から石油会社のサラリーマンとなった小野正之は、東京・狛江で、義父である小野金次郎と同居します。
この家で、小野武彦さんは育ちました。
しかし、小野正之は浮気が原因で、離婚してしまいます。
そして、祖父・小野金次郎に小野武彦さんは育てられたということです。

ファミリーヒストリーと、養子

今回のファミリーヒストリーは、このような内容でした。
放送を見て、そういえば、ファミリーヒストリーでは、婿養子の家系というのは、それほどなかったことに気づきました。
養子制度についても、この際、整理しておくと良いと思いましたので、最後に以下の記事を掲げさせていただきます。

参照記事
江戸時代から明治時代における養子縁組制度の理解


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