戦前の地方公務員
家系図作成調査というと、江戸時代の先祖のことを調べることばかりではありません。
お祖父さん・お祖母さんの小さい頃の話など、意外に聞いていることは少ないのではないでしょうか。
戦前のこととなると、ほとんど分からない家庭が多いと思います。
当サイトでは、身近なご先祖である祖父・曽祖父といった方の調査をおすすめしています。
職業別に、どういった調査が可能なのか、どういったことが明らかになるのかといった事を、書いていますので、是非参考になさると良いかと存じます。
戦前の地方公務員=公吏(こうり)
今回は、地方公務員だった先祖についてです。
現在では、「国家公務員」・「地方公務員」という呼び方をしますが、これは戦後になってからのことで、「官吏(かんり)」・「公吏(こうり)」という呼び方をしていました。
「官吏」が国家公務員にあたり、「公吏」が地方公務員にあたります。
県庁は、元武士の再就職先
戦前において、地方公務員を地位と収入は、明治時代初期と昭和初期だと、かなり異なってきます。
明治時代初期であれば、その多くが元武士です。
彼らは、破格ともいえる給料を得ていたといいます。
武士は、明治維新によって職を奪われてしまいました。
慣れない農業や商業をはじめて、一気に没落してしまった武士の家系は多いです。
そうしたなかで、県庁に職を得た元武士は、「勝ち組」ともいえる存在でした。
地方公務員は、明治初期には破格の待遇を受けていましたが、昭和初期に至るに従って、実質的な給料は低下していきました。
そうはいっても、明治から昭和初期を通じて、一般の家庭よりかは、ずっと高級取りでした。
戦前の県庁職員の調査
戦前のご先祖が、地方公務員であった……つまり県庁や市役所などに勤めていたというのであれば、職階によっては記録が残っている場合があります。
ある一定以上の職階についていれば、履歴が明らかになるでしょう。
下級の職員となると、それほど多くの記録が残っているわけではありません。
県庁の幹部職員は、中央省庁からの出向者
戦前の県庁職員は、部長や課長といった幹部職員は、内務省などの中央官庁からの出向者によって占められていました。
こうした者たちは、「官吏」といった区分になるので、多くの履歴が明らかになるはずです。
もちろん、上にいけばいくほど、参考となる資料は多くなります。