樺太、北方領土の戸籍請求と家系調査

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suvimaria / Pixabay

樺太・北方領土の家系図作成

戸籍請求は、本籍地のある役所に対しておこないます。
先祖調査で、古い戸籍を請求する場合には、現在戸籍を保管している役所に請求しなければなりません。
市町村合併などがあるので、昔の本籍地が現在のどこの自治体にあたるのかを、調べる必要があります。

それでは、現在はロシアの領土となっている樺太と、ロシアが実効支配している北方領土に本籍があった場合には、どこに請求すれば良いのでしょうか?

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戦前の樺太について

まずは、樺太の戦前の様子を簡単に見てみましょう。
戦前の樺太には、約40万人もの日本人が暮らしていました。
樺太の政治・経済・文化の中心地は、豊原市(現在のユジノサハリンスク)です。
豊原市には樺太庁が置かれ、樺太全土の行政を担っていました。
豊原市の人口は約4万人だったので、樺太の人口の約1割が住んでいたことになります。
樺太に住んでいた人の大半は、大正から昭和初期に移り住んだ人たちです。

ソ連の支配下に置かれることに

昭和20年(1945年)8月、ソ連は突如日本に対して宣戦布告をして、樺太に攻め込んできました。
樺太に住む日本人が辿った運命は、悲惨なものです。
樺太と北方領土は、ソ連の統治下になり、現在はそれを引き継いだロシアの統治下にあるのは、こうした歴史的背景によるものです。

樺太の戸籍の多くは消失してしまった

さて、先祖の本籍が樺太にあったという場合には、どちらに請求すれば良いのでしょうか。
結論から言えば、外務省に請求することになります。

しかし、残念なことに樺太にあった戸籍謄本、および除籍謄本の多くは、戦災によって失われてしまいました。
現在、外務省によって保管されているのは以下の村のものだけです。
・大泊郡知床村
・大泊郡富内村
・大泊郡遠淵村
・敷香郡内路村
・敷香郡散江村
・元泊郡元泊村
これ以外のものは、すべて失われてしまったのです。残念ながら、樺太にあった戸籍のうち、ほんの一部しか残っていないことになります。

北方領土の戸籍請求

一方、北方領土についてはどうでしょうか。
戦前の北方領土には約17000人の日本人が暮らしていました。
こちらの戸籍も戦災の被害を受けております。こちらも一部は、難を逃れて現在も保管されております。
北方領土の戸籍は、釧路地方法務局根室支局に請求することになります。

樺太・北方領土の家系調査

このように戦災で戸籍が消失してしまっている場合は、どのように先祖を調べれば良いのでしょうか?
戸籍が消失してしまっていたら、それ以上のことを調べるのはとても難しいです。
しかし、戦後作成された戸籍のなかから、先祖に関する手がかりを見つけ出せる場合もあります。
専門家であれば、そのようなテクニックを持っているので、相談してみると良いと思います。

また、樺太庁の職員や・教員・軍人・サラリーマンといった方であれば、戸籍以外の記録が残っている場合もあります。
戸籍が損なわれていて、これ以上、家系を調べられないという場合でも、文献調査によって何か明らかになるかもしれません。

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